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2009-01-26

地球のステージ

NGO医師の桑山紀彦さんが、1月15日から19日までガザのラファに滞在し、医療活動に当たっていた時期のブログで届けてくれた、メディアが入らない期間でのガザでの出来事について。
地球のステージ ブログ より以下抜粋
2009.01.19 Monday
出域、帰国へ

病院のみんなともダルウイーッシュの家族とも涙の別れでした。
誰もが、「こんな戦争のまっただ中に、よく来てくれた。お前の姿に本当に励まされたんだよ」と言ってくれるパレスチナ人たち。
もうこの人たちを爆撃しないで下さい。
もうこの人たちを占領したり、経済封鎖しないで下さい。
みんなただ普通に暮らしたいだけなんです。
僕を迎えてくれたパレスチナ人はみんな戦争も、空爆も、偵察も大嫌いです。
家族を愛し、仲間と語らい、お茶を飲んで、ご飯を食べて、学校に行き、働いて、お給料もらって喜んで、おもちゃ買ってもらってはしゃいでいたいだけないんです。
熱が出たら、家族に病院に連れていってもらって、医者が診てくれて、看護師さんに手当てしてもらって、お母ちゃんに「今日はゆっくり家で休もうね」といってもらって、勉強もその日は休みになって、ぬくぬくと毛布にくるまって、時折お母ちゃんが持ってきてくれる温かいミルクティにほっとしたいだけなんです。
なぜ救急車が狙撃や爆撃に怯えて140キロで走らなければならないのかなぜ病院が「爆撃対象だから危ない」と言われなければならないのか
なぜ、僕の大切な友人、ダルウイーッシュが住む家のすぐそこに夜中に着弾して、みんなで飛び起きなければならないのか。たった1回、偶然もらったこの命を大切にしたい。パレスチナの人たちも僕たちと同じように思っています。
手のしわも、おへその位置も、足の形も、みんな同じでした。
笑顔も、優しさも、涙も、みんな同じでした。

 
国境へ向かう時、みんなに言われました。
「日本のみんなにここで見たことをちゃんと伝えてくれ。僕たちはここで毎日生きている。日本のみんなと、いつか自由に会える日が来ることと、この人間のつながりがいつまでも続くことをいつも信じているよ。また還っておいで」
医者として働いたんだから出国税はいらない、と言ってくれた国境管理官の横にいたパレスチナ人のおじさんの言葉です。
 さて、ガザはまた振り出しに戻りました。「占領地」という振り出しです。でも今回ほどパレスチナの人と“つながれた”という思いになったことはありません。一緒に働き、血を浴びて、それをふき取り、包帯を巻いて、絆創膏を貼り、そして処置が終わると“やったね”の握手をがっちりと交わしてきました。でも僕の姿のその後ろに、実は多くの心ある日本人たちが、じっとパレスチナのみんなことを見守っているんだよ、ということもちゃんと伝えてきました。

夜間空爆の恐怖

夜の闇の静寂があたりを包んでいて、ほっとする。
「この空爆で死ななくてすんだ」
という思いが込み上げてくるが、ふと
「これっておかしい」と気付く。
自分で危険な山に登り、無事に下山した時、
「よかった登り終えた、遭難して死なずにすんだ」
とほっとするだろうけど、それとはちがう。なぜならこれは圧倒的で一方的な爆撃の暴力の前に自分という人間が引きずり出されて、曝され、それでも何もなく無事にいられただけの話で、そんなことになぜ自分がほっとしなければいけないのか、その理不尽さにすぐに気付く。

また夜の闇と静寂が戻ってきた。しかし眠れない。身体がこわばり、眠るための「余裕」というものがなくなっているのだ。
たまらずこの夜間空爆の恐怖を書き残そうとパソコンに向かう。しかしふと、
「このパソコンの画面の明かりが外に漏れて、近接戦闘ヘリのターゲットになったらまずい」
と思い、毛布をかぶって書き始めた。でもふと、嫌な気持ちになった。こんなふうに毛布にくるまって卑屈になり、やりたいこともやらなくなってしまう自分に気付かされる。戦争は、そうやって一人一人の人間の心をむしばんでいくのだ。
そして惨めな気持ちになる。
これが戦争だ。
心がどんどん惨めになっていく。
「お前なんか死んでもいい」
と空を飛ぶ戦闘機のパイロットに思われて、爆弾を落とされることがどんなに人間として惨めか、気付かされる瞬間なのだ。

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地球のステージ ブログ
http://blog.e-stageone.org/

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