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2008-01-23

母なる石油と僕の唇

夕方、NewCross唯一の商店街、Deptfordの雑貨屋で赤ちゃん用の「おしゃぶり」を買った。急に、僕に子供が出来ちゃったという報告ではなくて、純粋に自分用だ。こう書くともっと怪しい響きになるが、夜な夜な誰かにおしめを取り替えてほしい等々という、退行的性癖への目覚めまでは、まだまだ道のりが長いらしい。先日何気なく見ていた、Websiteで、「口呼吸の危険」という記事があり、口呼吸による口からの細菌や埃の侵入と免疫力低下の相関性を指摘していて、口呼吸から鼻呼吸への切り替えの訓練用に、寝る時におしゃぶりを口にするとよいらしいというアドバイスを見つけたからだ。ロンドンに移ってきて、ずっとアレルギーや体調不良に悩まされていた僕は、「あ、そう言えば僕は、生まれてこのかたずっと口呼吸だった!」ということに今更ながら気がつき、さっそく鼻呼吸の練習の為に、おしゃぶりを求めて自転車を漕いだ。ちなみに、横向きで寝る人は口呼吸になるらしい。(ちなみに僕は生まれてこのかた横寝だ)

で、地元の雑貨屋で50P(100円くらい)で、プラスチック製のおしゃぶりを買った。さっそく家に帰り、包装を開けてみた。黄色のプラスチックの輪っかとピンクのチョウチョ型の唇当て、その先に透明塩化ビニールで出来た乳頭部分が付いている何の変哲もないやつだ。当世、おしゃぶりを口にくわえるのは20数年ぶりということもあって、多少わくわくしながら、口にくわえてみた。では、僭越ながらちょいと一口。「んー、あれ、なんかビニール臭いな、あ、マズい!」と、あわてて口元から放した。そう、もろに塩化ビニールの味が舌を刺激するのだ。最初は、まあ、水でよく洗えばいいだろうと思い、水で洗ってみたが、ほとんど臭さは消えない、おまけに口の周りが痒くなって、すぐに口から放した。

そのとき、ふと思った事は、生まれて間もない赤ん坊がこれを加えたとき、どう感じるだろう?ということだった。脳に味覚を伝える「味蕾」の数は、赤ちゃんの方が大人よりも3割ほど多いそうだ。そんな繊細な感覚を持ってしてこの世界に生まれ、周りの環境と直に触れたばかりであろう赤ちゃん達の味覚にとって、この「おしゃぶり」を口に入れるということはどういうことだろうか?おそらく、あまりのマズさ、臭さ、刺激にびっくりして大声を出して泣いてしまうに違いない。「この世界には、こんなにひどくて、まずくて気持ちが悪くなるものしかないのか!」と。

考えてもみてほしい、もし自分が生まれたばかりで、鋭敏な味覚を持ちながら、まず与えられるようになった味覚は、石油の化学生成物だなんて!自分の味覚を通じて、母乳の甘さ、もう少しすればお粥のほんのり甘い香りを覚える前に、その味覚をそのもの破壊してしまえ!このビニールおしゃぶりにはそんなメッセージすら浮かんで見えてくる。それは、口に放り込まれた爆弾に等しい、この爆弾は音も無く口の中で破裂して、無垢で繊細な味覚を破壊する。味蕾は「おいしいものを味わう」という趣味判断の器官ではない、それは自分の口にするものが、体内に侵入しても大丈夫かどうかを判別する、生命活動の基本的な条件に関わる箇所だ。おそらく、それこそ長い年月をかけてその判断の基準を、知覚に変換してきたに違いない。その生命の関所が破壊された後には、何が待っているのか。もちろん、僕らの大好きなマックや、牛丼、コーラやコンビニ弁当達が手ぐすね引いて行列をつくっていることだろう。

自然には二種類ある、と誰かが言った。一つは人間の外に広がる生態系の広がり、もう一つは人間の内にある生命そのものだ。赤ん坊は「もう一つの原初の自然」だと言っていいと思う。外の自然を破壊し、汚染するには留まらず、内なる自然を最初から壊して行く活動が存在する、たいていはそれらを破壊活動と呼ばすに経済活動と呼ぶのだが。赤ちゃん用と言ってスーパー、薬局に売られている製品/商品をぐるりと見回してみよう、そして、もし出来ればどれか一つでも買って、実際に使ってみよう。パウダー、ビン入りの離乳食、ボディソープ、歯磨き粉等々、、どこかで石油の魅惑的な臭いがしないかどうか(実際、僕は子供の頃、ガソリンスタンドに漂う揮発性のあの液体のにおいが大好きだった)。僕らを囲んでいる商品の最初のターゲットは、言わずもがな、生まれてきたばかりの僕たちの子供なのだ。僕らの住んでいる社会が淡々と進行し続けてきたことを、違う角度から見直してみること。

「ミルキーはママの味」だそうだが、ヴォネガットなら「石油こそ、私たちの時代のママの味だ」と言うだろう。石油をごくごく飲み干しつつ成長していく僕らに、やさしい母のような顔を向けて、上から見下ろしながら、「安心しなさい、泣かずにいれば守ってあげますからね」と甘い声をささやくその顔の持ち主は一体誰なのだろうか?そして、僕らはそろそろガソリン入りの哺乳瓶を口から手放す時が来ているのではないだろうか?急な中断に伴う、激しい禁断症状をじわりと覚悟しても。

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