金曜午後のFilm Anthropologyの授業にて。
ChrisMarker「Sans Soleil」(1983)
"Because I know that time is always time And place is always and only place
And what is actual is actual only for one time And only for one place"
冒頭にはT.S Eliotの「Ash Wednesday (1930)」の一節が掲げられている。
東京に向けられた眼差しは、俯瞰的な視点を放棄することで、執拗なまでに都市の細部を映し出す。バスの運転手の手、忘れられた看板、立ち読みする人々の背中、、、、それらは、都市の爆発的な広がりと人口の集中が生み出す、人間の無意識の領域の具現化であり、ロートレアモンが高らかに宣言した「手術台の上のミシンとコウモリ傘の偶然の出会い」が次々と灰色の風景の中から掘り起こされていく姿でもある。都市における活動の源泉とは、この無数の出会いによる分裂と再結合だ。そのイメージは国境を超えて広がり、アフリカと日本の「そこーここ」が互いに瞬間のうちに交わり、また去ってゆく瞬間に現れる。カメラの断片的な、偏執的なショットによって、近代における都市のイメージ(一定の空間内における機能的配置図=モダニズム)は粉々に砕かれる。C.Markの撮る東京は異邦人のまばたきの内に映る。それは、常に一瞬の、特定の場所での一回限りの、異質な者同士の出会いが生み出す暗号に満ち満ちている。
Sans Soleilの朗読部分はココ。
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2007-12-08
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