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2007-12-11

暴力的なのはどっちだ? 



反グローバリズム団体の暴徒化懸念 サミットで警察庁

2007年12月11日06時23分 警察庁は10日、国内外の治安情勢を分析した07年版の「治安の回顧と展望」をまとめた。来年7月の北海道洞爺湖サミットについて、国際テロ組織や極左、右翼の脅威に加え、今年6月のドイツ・ハイリゲンダムサミット同様に「反グローバリズム」を掲げる団体が暴動を起こす可能性があると懸念を表明している。

asahi.com http://www.asahi.com/national/update/1211/TKY200712100274.html?ref=rss

朝日新聞のインターネット記事より抜粋
来年7月に行われる北海道でのG8の開催に向けて、メディアと警察が一体になって、G8に反対する人々の声を「暴徒/暴動」として扱う、この朝日の記事の偏向ぶりに、とても政治的な意図を感じるし、今までも、そしてこれからもっと起こるであろう、無知が引き起こす大きな災厄を思わせる。

今年の6月、ドイツ•ハイリンゲンダムの現場にいた人間であれば、警察こそ、人々を暴力で黙らせようとする暴力集団そのものであるという事例を数多く目の当たりにしたはずだ。無抵抗の人間に対して、こん棒を頭上から振り下ろしていたのは誰か?目の前で抗議の声を上げているだけの人々に、目がつぶれる程のペッパースプレーと、化学物質を混ぜたウオーターガンを打ち付けたの誰か?倒れたデモ参加者を、固いプロテクトアーマー付きの足で蹴り上げたのは誰か?デモ参加者の宿泊しているキャンプを不意打ちし、襲ったのは誰か?それらは、すべて警察がやったことだ。

けれど、警察の情報統制の下でしか情報を流さない日本のマスコミの記事だけ読めば、そういう事実は、巧妙に隠蔽され、報道されない。ヨーロッパでは、今年のG8での警察の暴力のひどさを伝える記事がインターネットで数多く書かれているのに、日本では、どのマスコミもそれを伝えない。警察という極めて権力と一体化した組織の報告だけが、マスコミに流通し、それを読んで僕たちは「客観的に事実を伝えているニュース」を与えてもらっていると信じている。戦時中の新聞が、何を伝えていたか?それは、軍部がねつ造した「日本の勝利」であり「戦争の正当化」だったんじゃないか?

反G8の集会とデモに集まった人々は、暴徒でもなんでもなく、むしろ軍隊や警察に代表される「暴力を手段として目的を達成する」する国家的権力の志向性を批判し、拒否した上で、他の人たちに犠牲を押し付けずに生活する方法や、平等な人々の合意形成や、自発的行動の可能性を考え、追求しようとする人たちが大勢がだった。

そして、この朝日の記事を書いた記者(書いたというよりもただ、垂れ流しただけという方がいい)が、まったく理解していないことは、彼らは、「グリローバリズム」に反対しているのではなく、「ネオリベラリズム」という、極端で、抑圧的な自由主義的経済政策の思想に対して反対の声をあげているということだ。反G8の運動そのものは、極めてグローバルな現象であり、人々がある問題をグローバルに共有することで初めて成り立つ。「ネオリベラリズム」の思想とは逆に、人々自由な行き来を暴力によって禁じる代わりに、企業による天然資源の剥奪と、商品、金融システムの市場の「自由=No Rule」化を主張し、多国籍企業が生産、流通、消費のプロセスを独占して巨大な利益を得る為の、ルール無き場所における「なんでもありの」搾取システムであって、その実現の為には、テロでもクーデターでも起すことを厭わない排他的市場原理主義だ。それは全くもって「グローバル」の精神の反対しているし、反G8に集った人たちは、その問題を言論と非暴力的な表現によって指摘しているのだ。






そういう人々を、ただ暴徒と呼び、弾圧を容認する雰囲気を下準備するマスコミの物言いそのものが無知に基づいた暴力そのものでしかない。

なぜ、そうまでして、G8に反対する人々を「暴徒」そして、報道するのか?それは、G8が本質的に、民主主義的な手続きを踏んで開かれた会議ではなく、国民の声を代表するものではないということ、先進国の一部の政治家と企業経営者のために、市民を犠牲にした企業の為の勝手なルールを他の国々に押し付けるための話し合いであること。これらの事実を、日本の市民が知ることは、G8の参加者であり、来年の主催者である日本政府と、その会議によって恩恵をうける企業にとって都合が悪いからに他ならならない、そして政府と企業に気に入られることで、広告収入を得て、会社組織を経営=維持してきたマスコミにとって、その様なスポンサーの意向を裏切ることはできないからだ。


僕が6月のロストック、ハイリゲンダムで見たデモの姿は、とても多様で、非暴力に基づいた抵抗運動の実践が大きな割合を占めていたと思う、もちろんよく写真で見る、黒ずくめのアナーキスト集団「ブラックブロック」もいたが、彼らがデモを組織していた訳ではないし、その主導権を握っていたわけでもない。デモはたくさんの異なる主義主張のグループが、互いの考え方をできる限り尊重し、全否定することなく、どこまでが共同可能で、どこからが不可能かを話し合う実践でもある。警察の暴力に巻き込まれた時に、それに応戦するグループもいれば、それを否定するグループもいるということ、そして無数の話し合いの結果、そのようにお互いが出した結論を互いが否定しないこと。無数の話し合いを通じて、共働の方法を見つけて行く、その相互平等へのプロセスこそが、反G8のアクションの最も困難な部分であり、かつ最も大切な部分だったと感じた。

それを知った上で、警察に暴力を許容して、先進国の身勝手な理論を人々の生活に押し付けようとしているのは誰なのか?つまり本当の暴徒は誰なのか?を、もう一度考え直してみるといいと思う。



G8について(日本語)
イルコモンズのふた 「特講 G8リアルタイム•スタディーズ」

Youtube で見る、反G8とデモの様子と警察の暴力
G 8 TV Shop

G8 - Police-Violence in Rostock 2 (Schwarzerblock)

Block G8: from Camp Reddelich to Heiligendamm

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